2016年11月、HULSは、初めての自社商品となるエスプレッソカップ「Cloud Espresso Cup & Saucer」を発表した。このカップ&ソーサーは、シンガポール人デザイナーであるCasey Chen氏によってデザインされ、美濃焼の窯元である深山によって製造された国際的なコラボレーション商品である。
シンガポールは、急速な経済発展を経て、ここ数年、アートや文化、デザイン面の発展に力を入れている。もともと、建国わずか50年ほどの国で、独自の文化に乏しい面があり、政府は、国民のアイデンティティを築いていくためにも、こうした文化面の発展が欠かせないと思っていたのであろう。そんな土地で暮らし始めてみると、国だけでなく、国民の意識も、自国のデザインやアートに向かっていくという感覚が明確にあった。
一方、日本の工芸品の多くは、独自の生活文化にあわせて発展したものであるから、海外展開を試みた際に、色やサイズ、使用感など様々な面で課題があると言われていた。すでにこうした両者のニーズに着目し、いくつかの企業や団体が取り組みを開始しており、HULSも独自の視点から、両者のニーズを丁寧に繋ぎ合わせることで、工芸の海外展開を促進させたいと考えた。
ただし、HULSが得意とするのは、コンセプトワークであり、プロダクトデザインを自社で対応できるとは考えず、外部のデザイナーとのコラボレーションを検討した。そんなときにご縁で知り合ったのがCaseyさんであった。形状で人々にインパクトを与えるデザインが得意で、日本人デザイナーにはない感性に可能性を感じて、デザインを依頼することになった。
HULSは、Roots & Touchというコンセプトのもと、メーカーの持つ独自の技法やこだわりを大切にしており、自然とこうした企画の際にも、メーカーの長所に目を向けることになる。Caseyさんが着目したのは、深山の透過性の高い白磁であった。深山の白磁は、その他の地域の磁器と異なり、透過性が高く、光に翳すと美しく透けるのが特徴だ。また、深山は、鋳込み成形に特化した磁器メーカーであり、かつ、凹凸のある模様を転写する銅板絵付け(里泉焼)と呼ばれる手法も得意としていた。Caseyさんには、深山への訪問で、白磁に加えて、そうした特徴も実感いただきつつ、日本では開発されることが少ないエスプレッソカップのデザインに取り組んでもらうこととした。
Caseyさんから提案されたデザインは、雲の模様をモチーフとしたものだった。シンガポールは、雲が低い位置に感じられることが多く、そこから浮かんだアイデアらしい。シンガポールの特徴の一つでもあるプラナカンという文化の要素も取り入れ、美しいエスプレッソカップに仕上がった。
この製品は、販売開始後、シンガポールの百貨店やライフスタイルショップなどで販売展開され、Caseyさん、深山両者にも喜んでいただき、とても良い企画になったのではと思っている。